「英国の医療及びソーシャルケアシステムに関して」の講演会

昨年よりナルクUKで進めているプロジェクトの人生を総括するための「エンディングノート」のナルクUK版を作成するための講演会の第2弾として、「英国の医療及びソーシャルケアシステムに関して」の講演会をNuffield Trustの医療政策シニア・フェローであるNatasha Curry氏に講師としてお越しいただき、10月4日に 開催させていただきました。

 

同日は英国日本人会及びナルクUK会員と非会員を含めて41名の方に参加をいただき、ナルクUKの設立時からアドバイザーとして携わってくださっているエジンバラ大学の認知症経験センターリサーチフェローの林真由美氏(DR)と、今年4月に第一弾として「日本の介護保険の現状とこれから」の講演をいただいた、厚生労働省から在英日本大使館へ出向されている一等書記官の岸本哲也様にも第2部の「日本のシステムから学ぶこと」においてパネリストとして参加いただきました。

 

まず、Curry氏からNuffield Trustが経済的・政治的に独立した機関で、NHSやソーシャルケアを含むヘルスケアを改善するためにリサーチや政策の分析を行っていることを説明いただきました。

 

そして、まずNHS(国民保険サービス)について説明いただき、それは1948年7月5日に①全ての人々のニーズに見合った②原則無料の③経済力ではなく医療のニーズで提供されることが3原則を持って設立されたとのこと。

 

そして、NHSがサービスを提供する環境が70年間に変化しているとし、まず人々の寿命が13年伸びていること、死亡原因が心臓病や脳梗塞が減少し結核が0となっているのに対し、糖尿病や癌や認知症及び精神疾患によるものが増え、国民保険サービスの需要が高まっていることをデータで紹介いただきました。

 

そのために、費用総額も1949年から1950年が4億ポンド(国民一人あたり9ポンド)でGDP比3.5%出あったのに対し、2016年から2017年は1440億ポンド(同2187ポンド)で7.3%と急増しているとのこと。しかし、英国は主要先進国では11位と平均で、日本は世界でも5位の高さであるとのこと。

 

NHSの費用は98.8%が税金で賄われ、その他の費用は薬の処方箋代など患者によって直接支払われるもの。

 

NHSの強みは病気を発症しても経済的に守られていること、効率的で事務費用が比較的低い、糖尿病や腎臓病などの慢性疾患の対処が良いのに対し、弱点は癌などの一般的な死亡原因とされる12種類の病気8種類でその対処が平均以下、生後1月以内の乳児の死亡率の高さ、助産婦以外のスタッフ率の低さとCTやMRIなどの普及率の低さ。

 

次にソーシャルケアについて説明をいただき、日本では介護保険制度のようなもので、長期に渡るケアで、障害や高齢によりサポートやケアが必要である際に人々が独立して生活できるように提供されるサービスであること。

英国におけるソーシャルケアは、地方自治体によって予算が組まれ、NHSのように無料でないこと、そして資力調査が行われ、その詳細は次の通り。

 

まず地方自治体が収入、貯蓄、不動産などを評価。障害者向け給付金などは除外。23,500ポンド以上は基本政府からのサポートは無く、14,250ポンド以下は全額サポートが入る。住んでいる住宅は次のような場合は資力として含まれない。①自宅に住んでケアを受けている場合②レスパイトケアなど短期で自宅を留守にしている場合③夫や妻や近親者や介護のために自分の家を出たケアラーが住んでいる場合など。

 

また、自宅売却は死亡するまで先延ばしすることができ、不動産の評価はその時点での市場価格からローンと売却手数料として10%を差し引いたもの。

 

(これはあくまでも一般的な情報なので個別のケースは専門家に聞くべきとのことです。)

 

一般的な平均的*費用は下記の通り。

 

Per week Per year
Home care (14 hours per week) £210 £10,920
Full time daytime care at home £576 £30,000
24 hour care at home £2,888 £150,000
Care home £562 £29,270
Nursing home £755 £39,300

 

*LaingBiuissonから(費用は地域によって異なります。)

 

ソーシャルケアの問題点は、複雑であり、公平ではなく、住んでいる場所によって異なり、平均10万ポンドの費用が必要とされ、誰がどのようなケアを必要とするかを予想しづらく、ニーズに対応していないことからカバーしきれない人々がNHSで対応せざるを得ないといった影響が出ていること。

 

また、システムが危機的であること。それは、8年間の緊縮財政で地方自治体のこのための予算が11%減少していること、25%少ない人々が公的補助を受けることができていることから、最もサポートを必要にしている人々や経済力の弱い人々のみがこのサービスを受けられていること。将来的にはこのサービスを提供するには2020年から2021年までに25億ポンド予算が足りず、2030年から2031年には180億ポンド予算が足りなくなる予想。そして、ブレグジットなどからこのサービスを提供する人材不足が起こるとされている。

 

この問題について長年アドバイスがされてきているにもかかわらず、そのアドバイスが取り入れられてこなかった理由は、政治的にコンセンサスを得ることが難しいこと、一般のサポートも受けられていないこと、提案は複雑で理解することが困難であることなどから。

 

年末に向けてさらなるグリーンペーパが提出される予定。今後の問題を解決する選択肢としては、一生で支払うケアのための費用の上限(例7万ポンド)を設定すること、遺産から支払うなど支払い時期の遅延、ケア費用のための貯蓄への税優遇措置(例ISA)、介護保険のような保険制度を導入、個人ケア保険市場の形成、退職時の一括支払い等。

 

そして、日本のシステムから学べることをお話しいただきました。

 

まず日本と英国の高齢化の進み方をデータでご紹介いただき、日本が2050年には現役世代10人が7.8人の65歳以上の高齢者を支えるのに対し、英国は4.8人であるなど、日本がどのように対応するかを今後学ぶことになるとしています。

 

そして日本の介護保険制度が地域やボランティアで支えることや、ケアを必要としない生活のための予防活動への支援、孤独となることを防ぐディケアの設置などをしていることを紹介し、予防活動に投資すべきとしています。

 

今回の情報に追加して参考となる下記のリンクをいただきました。

 

Age UK factsheet on paying for social care: https://www.ageuk.org.uk/globalassets/age-uk/documents/factsheets/fs38_property_and_paying_for_residential_care_fcs.pdf

 

Legal guidance re deferred payments: https://www.moneyadviceservice.org.uk/en/articles/deferred-payment-agreements-for-long-term-care

 

Estimating costs for care: http://www.payingforcare.org/calculate-residential-care-costs

 

Advice for older age: https://www.independentage.org/

 

Advice and support for carers: https://www.carersuk.org/

 

なお、当日参加者からいただいた質問と回答は下記のようになります。

 

資力調査の際に年金は含まれるかについては、国民年金は含まれないとのこと。

 

癌のような医療行為が必要な場合は、NHSで行われるために費用はなし。しかし、認知症は医療行為で改善が望まれるものを除き、基本ソーシャルケアの範疇とされる。

 

またソーシャルケアで提供されるサービスは住まわれている自治体の経済状況に深く依存するとのこと。

 

病院での治療が必要な場合、その病院の選択は患者が通常できるとのこと。もしそれがかなわない場合は、Clinical Commissioning Groups (CCGs) へ問い合わせをすることを勧める。

 

患者のデータは患者が取り寄せられるもの。それができない場合はPatient advice liaison person  (PALS)へ問い合わせをすると良いとのこと。

 

介護をしていらっしゃる方はサポートを受けられるのでそれを受けるべき。また、アルツハイマーソサエティーというチャリティー団体も介護をしている方へのサポートなどの情報を豊富にもっているとのこと。

 

日本においても介護者へのサポートは増えてきているために、地方自治体へ確認をすると良い。

 

日本が家族で介護を行うことにこだわるのに対し、英国は家族に頼らずソーシャルケアを利用することが一般的に見えるが、その介護に対する考え方の違いはどこから来ているのか。

 

文化的なものもあるかもしれないが、日本の健康保険制度は1940年以来のもので古くない。そのために、多くの高齢者は病気で早くなくなることが多く介護を必要とするのは少なかった。その後、多世代で同居する中で家族(嫁)が介護をするのが当然というものから、介護保険制度でその考えが変わりつつあると思われる。

 

それに対し英国は、高齢者がどのようなケアを受けたいかを主張する文化があることも日本の家族が高齢者のケアを決めることと異なっていると思われる。

 

 

Curry氏より講演後いただいた追加情報

 

–          The Alzheimer’s Society: https://www.alzheimers.org.uk/

–          The Care Quality Commission (for looking at reports on the quality of different providers of care homes):https://www.cqc.org.uk/search/services/care-homes

–          Guidance on the ‘choice’ policy and what rights you have as a patient: https://www.gov.uk/government/publications/the-nhs-choice-framework/the-nhs-choice-framework-what-choices-are-available-to-me-in-the-nhs

–          A site where you can compare different hospitals for specific treatments (e.g. hip replacement): https://www.nhs.uk/service-search

–          Information about carers’ allowance: https://www.gov.uk/carers-allowance

–          There were quite a few questions about right of access to data. Under the new GDPR laws, everyone has the right to see what data is held about them. This site suggests GPs should not be charging for people to access their records: https://www.themdu.com/guidance-and-advice/faqs/can-i-charge-a-patient-for-a-copy-of-their-medical-records and here: https://www.nhs.uk/using-the-nhs/about-the-nhs/how-to-access-your-health-records/ for further info on how to do it

–          A lot of queries and disputes would have to be settled by the individual’s clinical commissioning group (CCG). You can find your local one here: https://www.nhs.uk/Service-Search/Clinical-Commissioning-Group/LocationSearch/1

 

 

以上

 

先はNuffield TrustのHealth Policy部門のSenior FellowのNatasha Curry氏が2018年10月4日に英国日本人会福祉部Nalc UK主催の講演で提供された情報であり、Natasha Curry氏と英国日本人会に著作権があります。そして、ここで取り扱われる情報及びデータは、すでに他の諸事情により、過去のものとなっている場合があり、この情報を利用する際には、必ず他でも確証する必要があることを理解ください。