福祉コラム

デンマークの高齢者ケア見聞記
「エイジング・イン・プレイス」
欧州日本人会ネットワーク(ENJA)の 2017 年度
会議がデンマークで開催された。幸運にも、国連の
2017 年度世界幸福度ランキングで、ノルウエーに
次いで2位に輝く同国の高齢者住宅を見学するを得
た。以下は、同国の高齢者福祉の現状見聞記である。
幸福度ランキング世界第 2 位の国とは
国土が九州とほぼ同面積。人口約 570 万人。平均寿
命 81 歳。平均年収世界 2 位。その約半分が税金に
徴収されるにもかかわらず、高福祉高負担を選択し
たのは国民自身。成熟した民主主義、平等意識、政
府への高い信頼感を背景に、社会保障.医療、福祉,
教育システム、国民年金、高齢者住宅が保障され、
生涯を通じて自分らしい生活が送れる安心感が,高
い幸福度の源泉だろう。 65歳から支給される国民
年金には労働市場付加年金が上乗せされ、失業保険も充実。高齢者年金や 18 歳以上の障害者向け「早
期年金制度」も手厚く、住居の提供やヘルパーがフ
ルタイムで利用できるなど、極めて充実した社会保
障が彼らの幸福感を支えていることを実感した。
医療と福祉
全国民が GP に登録し、必要に応じて専門医が紹介
される点は英国と同じだが、医療費は自治体が徴収
する住民税で賄われる。高齢者福祉が充実している
背景には、地方分権システムが効率的であるのに加
え、義務教育から大学教育まで一貫して無償で提供
される教育制度がある。死ぬまで生活が保障される
国では、誰も貯金の必要性は感じないもので、税金
は、国に「搾取される」のではなく「預ける」とい
う概念が浸透している。国家予算の 45%前後が社会
保障に使われている(日本は 19%程度)。
高齢者福祉の政策変更
世界に先駆けて 50 年代に高齢化社会を迎えた同国
では、60 年代に特別養護老人ホームの建設が相次ぎ、
施設介護が主流となった。その結果、財政の逼迫や
高齢者の処遇悪化などの問題に直面、政府は高齢者
福祉政策の抜本的見直しを迫られた。その際の政策
変更において特筆すべきは、高齢者自身による「高
齢者政策委員会」の設置である。羨むべき福祉政策
は、高齢者の声を反映して生まれた「高齢者三原則」
という基本理念に基づいている。かくして 1980 年
代には、養護施設や保護住宅による「施設介護」か
ら「自立支援」へと大きく舵を切ったのである。

「高齢者三原則」とは
①「自己決定の尊重」 ②「継続性の維持」 ③
「残存能力の活用」の三原則で、高齢者自身が生き
方、暮らし方を決定し、周囲はこれを尊重し、社会
的な役割や交流を創出することにより、高齢者は
「生きる主体」としての価値を感じながら、可能な
限り住み慣れた場所で尊厳をもって生き続けること
が保証され、残された能力を活用して、彼らの生活
を出来るだけ変化させずに支援する、という考え方
である。この理念は定着し、今日に至っている背景
にあるのが 70 年代の大規模な地方自治体再編成で
ある。国は大枠の制定にとどまり、県も介入を控え、
市に分権化されることで、小回りの利いた効率的な
福祉政策の実施が可能になった。言い換えれば、福
祉に対して一般市民の厳しい目が光っているという
ことである。
住まいとケアの分離
1988 年の養護老人ホーム(プライエム)新設を禁
止する法が施行されたのを機に、90 年代以降、良質
な「高齢者住宅」が拡充され、24 時間在宅ケアが開
始される。最期まで地域で暮らせる「地域居住」が
実現し、これまでの施設内での介護機能は地域の手
に移された。公立高齢者住宅は、一般住宅と同等の
質の高さが義務づけられていて、自立生活期間を長
くし、施設への不必要な移動を回避する効果を発揮
している。「住み慣れた自宅や地域に最後まで留ま
りたい」という人間の根源的な願望に応え、虚弱化
後も自立して暮らせる工夫が凝らされている。こう
した「地域包括ケア」の現場で重要なカギを握るの
が訪問看護師の存在である。彼らは GP の指示を受
け、介護スタッフと連携し、福祉と医療をつなぐコ
ーディネーターとしての役割を担う。個別ニーズに
合わせたきめ細かい見守りや生活支援などのサービ
スをスムースに提供している。地元の要介護者に関
する情報の把握、健全な精神の維持、家族や周囲と
の関係、自立度、コミュニケーション機能などをし
っかりとチェック、見守り、彼らが質の高い自立生
活を維持できるよう気を配る。

三原則に沿った良質な高齢者住宅モデル
医師と判定委員会の評価に
より承認された入居者は、
精神の安定と維持のため、
馴染みの家具、絵画、装飾
品、家族写真などを持ち込
み、 住み慣れた居住空間を
作り出し、自由に生活でき
る住環境を確保している。
看護師、 作業療法士、 理学
療法士が常勤して健康管理、
指導、緊急時の対応を行う。
外部との交流も活発に行わ
れ、広大な敷地にいくつか
の独立したブロックと管理棟が配置され、各ブロッ
クの中庭には様々な花が咲き乱れ、四季の変化を体
感できるよう配慮されている。大きく開口された窓、
広い廊下や食堂などの共用スペースはゆったりと設
計されている。スタッフは入居者とスタッフは、マ
ンツーマンに近い体制が取られている。公営住宅法
により、自立型高齢者住宅、介護型住宅、グループ
ホーム等があり、自立型の個室の広さは 60~80 平
米,介護型は 40 平米程度の広さが確保される。車
椅子生活を考慮してバリアフリーが義務化、介助者
の作業スペースを考慮してバストイレも 7 平米(2
坪)と驚く広さである。共有スペースで過ごす入居者
は明るくにこやかで、満足感が滲み出ている。塀も
門もないオープンプランの庭園を認知症の人も自由
に散歩でき(外部に通じる通路を黒色にすることで
認知症の人の徘徊が防がれる)、スタッフはこれを
静かに見守っている。
良質な高齢者住宅の入居により、健康寿命が延びる
結果、医療・介護費や社会保障費の削減が期待でき、
社会保障費が適正化され、活力ある超高齢社会を作
るためにはデンマークをモデルにした「良質の高齢
者住宅」の整備が不可欠だろう。
以上、デンマークの高齢者福祉の現場の概略である。
早い段階で高齢化社会を迎えたデンマークの試行錯
誤と成功例は、超高齢化をひた走る日本の福祉政策
にとって貴重なモデルであると確信した。(竹中記)