福祉コラム

ゆずりあいのマナー

里帰り中に電車に乗るたびに疑問というか違和感を覚えていた。高齢者、妊婦、障碍者などの弱者向けの優先席が本来の目的を失っているように感じていたのだ。ロンドンでは、白髪頭の筆者が地下鉄などで席を譲られないことの方が少ないのに、日本では優先席付近でも譲られることはまずない。

運悪くラッシュアワーにぶつかった時など、スマホ片手の若者や寝たふりの学生に優先席が占領されている。ある日のこと、ほどほどに混んだ電車で、若い女性が優先席に座っていた。あきらかに後期高齢者とわかる女性が乗ってきたが、例によってスマホから目を離さない。すると、粋に帽子をかぶった外国帰りと思しき紳士が「お嬢さん、ここは優先席ですよ。」と声をかけた。彼女はむっとした表情で立ち上がり姿を消した。

友人たちにこの話題を持ち掛けたところ、「席を譲られるほど哀れな老人に思われることのほうがショックよね。」が多数派で、海外移住者の浦島太郎ぶりに逆に驚かれた。日本では、アンチエイジング志向が定着していることを実感すると同時に、若者のマナーの悪さに慣れ切ってしまった超高齢化社会の側面を垣間見る思いだった。

京都教育大チームが「優先席のあり方と日本人のマナー」という興味深い研究を実施している。マナーやモラルの低下により、優先席本来の目的が果たせていない実情に迫り、オリンピックを控えた今こそ、優先席を介して思いやりのある「おもてなし精神」を見直す必要がある、というのが研究テーマである。

対象の鉄道数社の中で、横浜市営地下鉄の優先席に対する取り組み調査に特に関心を持った。横浜市は、優先席に真剣に取組んでいるため、車内マナーが向上していることがデータに表れている。優先席を「ゆずりあいシート」と呼び、「お年寄り」「体の不自由な方」「内部障がいのある方」「妊娠されている方」「乳幼児をお連れの方」を対象とするステッカーが駅の目に入りやすいところに貼られ、乗車前から人々にゆずりあいの意識を持たせる工夫がなされている。市の提供するサービスが浸透している結果、真に席を必要とする乗客が利用しやすくなっている。

国際都市、横浜の地域性も一役買っているようだが、利用する側へのマナー啓発に力を注ぐ努力は注目に値する。マナー向上の一環として、小学生向けのマナー スター・コンクールで作品を募集している。「やさしい気もちでゆずりあい」「みんなでたすけあおうね」「席をゆずられたらすわってあげてね!」などのゆずりあい意識を高める子供自身の言葉が人々の心に響く。公共交通を高頻度で利用する高校生たち自らがマナー啓発を行うことで、マナー意識を高める活動にも協賛している。こうした学校との連携が、児童のころからマナー意識を向上させる効果を上げているというのだ。たかが教育されど教育である。横浜からオリンピックに向けたゆずりあい、助け合い精神が溢れた「おもてなし」が始まっているのである。日本も捨てたもんじゃない!(T)